追憶の山紀行

月山 2

 翌朝、八合目は濃霧で明けた。様子を見ていたが晴れる気配はない。雨の心配はなさそうなので山頂に向かうことにした。展望皆無の中を黙々と登り、行者返しでオモワシ山を振り返ると、薄れてきた霧の中に動く白いものが見えた。目を凝らすと見えてきたのは白装束の登拝者の一団。西風に乗って流れてくる霧が霊験あらたかな雰囲気を醸し出す。悪天候を突いて登って来る登拝者の姿に、信仰登山に内在する気迫のようなものを感じて目を離せなくなった。

              霧の中に見えてきた登拝者の一団

 

                  次第に霧が晴れてきた

 

                  天気は回復に向かった

 

                    モックラ坂を行く

 

                   見えてきた山頂

 登拝者の集団を振り返りながら、追われるように大峰にたどり着いた。強い西風に霧が飛ばされて山頂が見えてきた。

                            (2015年8月上旬)

                       *概念図は地理院地図を使用

 

追憶の山紀行

月山 1

 月山八合目の駐車場に車中泊をして朝夕の弥陀ヶ原を散策する。夏の月山は午後に決まって雲が湧く。この日も八合目は雲の中。明日の朝に期待しようと思って車で待機していたら急に晴れてきた。身支度を整えて弥陀ヶ原に向かう。キンコウカが咲き始めたのでオゼコウホネもきっと咲いているだろう、と期待して向かった東側の池塘に花を開いていたのは辛うじて一輪。オゼコウホネは葉だけでも充分素敵だと思う。

                 キンコウカが咲き始めた

 

                 オゼコウホネ池塘

 

                 キンコウカ群落が見頃

 

                     木道を行く

 

             ミツガシワの葉が池塘に彩を添えていた

 

 次第に湿原を霧が覆い始めた。湿った西風が吹き始めたので、期待した夕日をあきらめて車に戻った。

                            (2015年8月上旬)

                      *概念図は地理院地図を使用

追憶の山紀行

神室連峰

 久しぶりに神室連峰に向かった。最上町の親倉見から登り槍ヶ先に上がる。ここは神室連峰では比較的楽に主稜線にたどり着くことが出来るルートだ。数年前からの膝痛を抱えているため、行ける所までとする。同行は、いつも元気いっぱいの山仲間Nさん。槍ヶ先から先は、火打岳に向かうNさんに先に進んでもらう。

 雲一つない晴天で暑い中、汗だくになって登り着いた槍ヶ先。残雪模様が美しい鳥海山が目に飛び込んできた。思わず感激の声を上げてしまう。空気が澄み渡り、振り返ると八森山の向うに残雪に彩られた月山と葉山が見えていた。

                 鳥海山 右手前は丁山地

 

         新緑が這い上がる八森山の向うに月山(右)と葉山(左)

 

 西から爽やかな風が吹き、北に火打岳の鋭鋒が見える。鞍部に下り、中先を目指す。先を行くNさんが中先のピークを越えるのが見えた。膝に負担を掛けないように慎重に登った。主稜線の西側は傾斜が緩くブナ林が広がり、東側は雪崩で磨かれた急斜面。東西非対称山稜と呼ばれて神室連峰の特徴とされている。東側の急斜面の縁につけられた道を歩いていると、冬の主稜線で経験した足元から崩れ落ちる雪庇の恐怖を思い出す。

 膝に気を遣いながら、ようやく大尺山にたどり着いた。目の前に鋭く天を突く火打岳が聳えている。北に連なるのは連峰の最高峰小又山、その先に神室山が見えていた。火打岳を目指したNさんが戻るまで、連なる山々を眺めながらのんびり過ごした。

            小又山(右)天狗森(中)神室山(左奥)

 

               火打岳を背に大尺山に戻るNさん

 

      大尺山から南に、中先(右)から槍ヶ先、八森山へと続く主稜線

 

 天気は変わらず晴天が続いた。火打岳から戻ったNさんと槍ヶ先に戻り、親倉見に向けて下山の途についた。

                            (2020年5月下旬)

                        *概念図は地理院地図を使用

追憶の山紀行

岩手山 4

 濃霧の朝が明けた。出発準備が終わっても霧の状況は変わらない。下山途中、平笠不動の辺りから明るくなり陽が差してきた。コマクサの群落地帯まで下った時、昨日とは違う光線の下の花々を見て足が止まった。今日も二人を待たせることになった。

 

 「スコリアに侵入した植物に押されてコマクサが少なくなってきた」通りかかった地元の人が呟いた。

               コマクサ群落に侵入する植物                        

                          (2015年7月上旬)

追憶の山紀行

岩手山 3

 石仏が並ぶお鉢と呼ばれる外輪山を歩き、分岐から火口内に下る。スコリアの斜面にタカネスミレの群落があった。雲間から射す陽光が火口の内側に差し込んでくる。火口内の所々に巨大な岩塔が立っていた。岩手山神社奥宮から外輪山に上がり、火山礫の歩きにくい斜面を不動平に下る。平坦な道を進み八合目避難小屋に着いた。今夜はここに泊る。

                火口内のタカネスミレ群落

 

                 岩手山神社奥宮の岩塔                

 

                スコリアに咲くタカネスミレ

               外輪の薬師岳(左)と妙高岳(右)

 

            霞の向うに乳頭山が見えた(中央左の尖がり)

 

                  不動平と鬼ヶ城

                            (2015年7月上旬)

追憶の山紀行

岩手山 2

 避難小屋を過ぎると本峰の登りになる。オオシラビソを縫ってスコリアのザレた急斜面を行く。。タカネスミレの群落の中に固有種のイワテハタザオが咲いていた。外輪山に上がると火口の中の妙高岳が見えてくる。分岐を左に進み、コマクサのイラストが描かれた標識が立つ最高所の薬師岳に着いた。ガスに包まれてしまった山頂からは何も見えず、そのまま進み強風に押されるように外輪山の尾根を下る。

           振り返って見る茶臼岳と平笠不動避難小屋

 

           オオシラビソの樹林の中に御釜池が光っていた

 

                 屏風尾根を背に登る登山者

 

                   イワテハタザオ
 


               薬師岳を目指して外輪を行く

 

             お鉢巡り ガスの切れ間に麓が見える

 

                  外輪山を行く登山者

                            (2015年7月上旬)

追憶の山紀行

岩手山 1

 暗いうちに酒田を出発して、ようやく焼走り登山口に着いた。これから山頂を越えて八合目避難小屋まで行く予定。けっこう長丁場である。登山口で待ち合わせたのは、二十代の時に勤めていた会社の上司で山の師でもあるNさん。酒田から長距離運転をしてくれたKさんにとっても私と同じ立場になる。Kさんと私は同時期にその会社を辞めた。Nさんとは、約35年ぶりの再会になる。「コマクサが見頃ですよ」というお誘いをいただき、ここまでやって来た。

 爽やかなミズナラ雑木林の登山道を、焼走り溶岩流に沿う形で登ると傾斜が増して第二噴火口に着く。扇状に流れた溶岩を俯瞰する展望台があった。黒い溶岩流を見下ろし、その迫力にこの山が生きていることを感じる。間もなくザラザラ滑るスコリアの道に変り、道の両脇にコマクサが現れた。

                ミズナラ主体の雑木林を進む

 

             第二噴出口跡の展望台から山頂が見えた

 

              足元に咲くベニバナイチヤクソウ

 

                黒いスコリアの斜面に咲く            

 


 多くの花を咲かせる株が点在していた。これまで見たことのあるコマクサと比べて花の数が驚くほどい多く、薄紅色の花を引き立てる灰緑色の葉も素敵だ。黒いスコリアとコントラストを演じる華麗な花々に魅かれて撮影に夢中になった。NさんとTさんは遥かに先に進んでいることが予想されたが、この場を離れることが出来ない。往路を下山する予定なので、その時も撮影できることに気が付き、切り上げて二人を追いかけた。このコースの唯一の避難小屋がある平笠不動でようやく二人の姿が見えた。

              平笠不動避難小屋から見る薬師岳

                           (2015年7月3~4日)

 

                      (概念図は地理院地図を使用)

追憶の山紀行

大朝日岳 4

 夜明けとともに再び山頂に立つ。朝日は霞の向うから昇ってきた。雲海に浮かぶ月山と鳥海山が見えた。主稜に雲はない。今日一日は晴天が望めそうだ。

             朝霞の中の月山(右)と鳥海山(左)

 

           中岳や西朝日岳、遠く以東岳もほんのり桜色

 

       ヒナウスユキソウが咲く西斜面 朝陽が差す平岩山と祝瓶山

 

                朝露を纏うヒナウスユキソウ 

 小屋に戻りのんびり朝食をとる。荷物をまとめ、管理人Aさんに挨拶して小屋を後に下山の途についた。登山道に咲くヒメサユリの花は昨日より増えていた。

 登山道の両脇に群れて咲くヒメサユリは、とても豪華で美しさに感激した。それでも、雨の飯豊ダイグラ尾根で一輪がうつむくように咲いていた清楚な立ち姿を思い出してしまう。

                  ヒメサユリと大朝日岳

 

 

                     残雪の山肌

 

                 振り返って見た大朝日岳

追憶の山紀行

大朝日岳 3

 小屋に戻り、管理人のAさんとしばらく談笑。Aさんも今日登って来たと言う。ヒメサユリに見惚れているうちにAさんに追い越されていた。小屋の前で休んでいると、小屋泊りの登山者が登ってくるのが見えた。流れる雲が印象的だ。

               山頂直下の大朝日岳避難小屋

 

              登ってきた道を振り返る登山者

 

             朝日嶽神社奥宮を越えて小屋に向かう

 夕方を前にもう一度山頂に向かった。以東岳へ続く主稜線は相変わらず雲が多め。南の祝瓶山はすっきり見えていた。稜線を越えてくる風が冷たい。

                 山頂への登りで振り返る

 

              左手前に平岩山 奥の鋭鋒が祝瓶山

 

               雲の帽子を載せた小朝日岳

 主稜を越える風が強まり、雲が増えたので小屋に戻る。小屋の陰で風を避けているとふたたび晴れてきた。

                 小屋の前に設置された鐘

 

 冷たい風に晒されて耐えきれず小屋に入る。窓から見る西朝日のピークの向うに日が沈み、雲が赤く染まり夕焼け空が広がった。行ったり来たりの忙しい1日が終わった。

                           (2015年6月下旬)

追憶の山紀行

大朝日岳 2

 熊越の鞍部を過ぎて緩やかに登って行くと、道の両脇にヒメサユリが多くなった。銀玉水の手前の平坦な登山道はヒメサユリロードと言っても良いくらいだ。蕾が多く、これからもっと咲くのだろう。花の形や色の濃淡には個体差があり、見とれているうちに時間が過ぎて行く。急に雨が落ちてきて我に返った。

                   ヒメサユリロード

 

                  登山道を飾るイワハゼ

 

 間もなく雨雲は去って行った。銀玉水で水を補給して、その先の急な雪渓を登る。木の階段が組まれた急坂を登り切ると花崗岩に囲まれた朝日嶽神社奥の院花崗岩砂の風衝帯にヒナウスユキソウが咲いていた。

               ヒナウスユキソウとイワカガミ

 

                咲き誇るヒナウスユキソウ

 

 避難小屋に荷物を置き、重荷から解放されて大朝日岳山頂に向かう。道の西側斜面にはヒナウスユキソウとイワカガミが競うように咲いていた。

 

             雲が流れて以東岳が見えてきた

 

              ヒナウスユキソウの群落と祝瓶山

                             (2015年6月下旬)

 

 

 

             

 

 

追憶の山紀行

大朝日岳 1

 梅雨が本格的になる少し前、朝日連峰の稜線にヒメサユリが咲く。朝日連峰には数多く足を運んでいるが、ヒメサユリを見たことがなかった。思い出すのは、4日間雨にたたられ、投げやりな気分で下った飯豊のダイグラ尾根。咲いていた一輪のヒメサユリからしばらく目を離すことが出来ず、透き通るような清楚な花とその立ち姿に、落ち込み荒んだ心を救われた気がした。この時はまだ、ヒメサユリという名前さえ知らなかった。

 小朝日から大朝日に続く稜線にヒメサユリが咲き始めたという情報を得て、古寺口から、大朝日避難小屋泊りの一泊二日の山行を計画した。

 ブナ林の登りに汗をかき古寺山に立った。2か月ぶりの大朝日岳との対面だ。すっかり雪が消えて緑が爽やかに広がっている。登山者が多いのは、おそらくヒメサユリを見ようという人達だろう。

              古寺山から見る小朝日岳大朝日岳             

 

                   中岳と西朝日岳

           古寺山と小朝日岳の鞍部に咲いていたヒメサユリ

 

                  群れ咲くシラネアオイ

 

                    ズダヤクシュ 

 

                   サラサドウダン                   

 

                 小朝日岳の南壁に咲く

                  

                  雲に隠れた大朝日岳

                             (2015年6月下旬)
            



 

追憶の山紀行

朝日岳 2

 テントに赤い光が射してきて目が覚める。外に出ると、朝焼けが始まっていた。北に月山が見える。ブナの立木を通して見る古寺山も赤く染まった。

                   テント場の夜明け

 

                    黎明の月山

 テントをその場に残して最小限の荷物を背負い、昨日の自分のトレースをたどる。踏み跡は凍っていて、アイゼンを履いた。古寺山が朝日に輝いている。

                 朝日が当たる古寺山

 安定した天気の下、のんびり古寺山を越えた。ズタズタに亀裂が入った小朝日の雪庇の尾根が目の前に迫ってきた。慎重に鞍部を越えて、亀裂を避けながら登り小朝日のピークに立った。

                 雪庇を連ねた小朝日岳

 

             左から、大朝日岳、中岳、西朝日岳 

 朝日連峰の主稜から外れて位置する小朝日岳は、連峰の展望がすばらしい。連なる山々を見渡していると、大朝日岳の左側に飯豊連峰が見えていることに気が付いた。飯豊連峰は時間と共に霞が取れてはっきり見えて来る。霞の中から吾妻連峰も姿を現した。御影森山の向うには栂峰の山塊。北には以東岳や障子ヶ岳に連なる連峰と月山が見えていた。

                  大朝日岳と飯豊連峰

 

                    飯豊連峰

                     

             置賜葉山の上に吾妻連峰が見えてきた

 

              御影森山と遠くに霞む栂峰の山塊

 

 雪を踏む足音に振り向くと、一人の若者が登ってきた。サクラマス孵化場に車を止めて暗いうちに出発したと言う。時計を見ると9時を過ぎたばかり。日帰りの軽装で登る、ということはこういうことなんだな~と妙に感心してしまった。彼は熊越に向かって下って行ったかと思う間もなく、大朝日岳に続く尾根に姿が見えた。

 若者の力強い歩みに気圧されて大朝日岳に向かう気持ちが消えた。山を眺めながら、山での時間を過ごすことが出来ればそれでいいと常日頃思っている。それは単に、自分の体力の無さに対する言い訳かもしれない、などと思いながら大朝日を振り返った。テントに戻り荷物をまとめて、緩んだ雪に足を滑らせながら登ってきた踏み跡をたどり下山した。

         古寺山とハナヌキ峰の鞍部の芽吹きを前にしたブナ林

                            (2015年4月下旬)








 

追憶の山紀行

朝日岳 1

 混み合うゴールデンウィークの前に残雪の朝日連峰を見たい、と思い車を走らせる。道路状況を問い合わせてみると、古寺集落まで除雪が進んでいるらしい。その先の、古寺鉱泉までの林道については不明のまま。未明の大井沢を通り抜け、地蔵峠から古寺集落まで雪の壁に挟まれた狭い道を進んだ。県営サクラマス孵化場T字路から古寺林道が除雪されていたので進入してみると途中で除雪車が道をを塞いでいた。除雪はここまで。サクラマス孵化場に戻り、車を置いて歩く。この時期の朝日連峰は、いつもアプローチに苦労する。

 古寺鉱泉駐車場に着き、荷物を下ろして朝陽館までの道を見ると、小沢が落ちてくるところの桟道の上に今にも崩れそうな残雪が載っていた。左から大きく高巻いて行けるかもしれないと、駐車場の壁を登りその上の台地に出る。沢が出ていて、薄いスノーブリッジは見るからに危ない。高巻きは諦めて、桟道を進むことにした。下には、古寺川の雪解け水で増水した激流が流れている。落ちるわけにはいかない。それにしても、雪の残り方が危なっかしく、冷や汗をかきながら何とか通過した。古寺川の橋を渡り朝陽館で荷物を下ろしてひと息つく。連休に備えて準備に来ていたご主人に話してみると、「昨日来た時よりずっと危なくなっているかも知れない。除雪しようと思ったけど忙しくて手が回らなかった。通る人の自己責任にまかせるしかないね~」と言っていた。

               開業準備に忙しい朝陽館

 朝陽館のご主人が「登山道はあっちだから」と見送ってくれた。小屋の裏手に回り残雪の急坂を登る。汗を拭きながらブナ林を急登、尾根に出ると雪が消えていて登山道が現れた。ゴヨウマツの巨木が立ち並ぶ尾根を、まとわりつくブヨを払いながら進む。ふたたび道は残雪の下。ブナ林の尾根を登り、ハナヌキ峰の手前の鞍部にテントを張った。

                 芽吹きが始まったブナ

 

               ハナヌキ峰の下のテント場

 雪を整地してテントを張り安堵する。ここまで時間がかかったが、まだ昼を過ぎたばかり。気が付くと天気は回復して、雲一つない青空が広がった。古寺山まで行ってみることにした。

                テントから古寺山が見える

 ハナヌキ峰のピークはブナの中で展望が効かない。古寺山との鞍部まで雪が消えて登山道が出ていた。古寺山の登りは残雪を踏む登り。雪面を蹴り込んでステップを刻み、一歩一歩登った。上部には雪庇を張り出した大きな尾根が立ちはだかる。アイゼンを履いて雪庇の切れ間から這い上がり、稜線に出た。帰りの目印にブナの枝に赤布を結ぶ。古寺山のピークまで、朝日連峰の展望を欲しいままに稜線歩きを楽しんだ。

                    大朝日岳

 

           雪庇を張り出した小朝日岳と奥に大朝日岳

 

                   輝く中岳

 

             西朝日岳 ピークには新雪の雪庇

 テントに戻り、のんびり食事を済ませる。夕日は春かすみで期待外れ。満天の星が夜空を飾り明日の好天を伝えていた。

*現在、朝陽館は営業を終えて、新たに大江町朝日連峰古寺案内センターが開設された。

 

 


 

追憶の山紀行

湯殿山

 凍結した月山道を越えて志津に向かった。弓張平に着くと月山、姥ヶ岳、湯殿山、三つの白い山が見えた。湯殿山に、西から黒い雲が流れているのが気になる。志津の温泉街を抜けた先の除雪終点に車を止めた。

 旧六十里街道の入り口でスキーを履き、石跳川の橋を渡り右岸のブナ林を進む。雪に埋もれた自然博物園の建物を対岸に見て、右の尾根に張り出した雪庇の下を歩く。適当な所から雪庇を越え、ブナ林が広がる雪原に上がった。朝に見た湯殿山の雲はすっかり消えた。姥ヶ岳もきれいに見える。

                 霧氷が輝くブナ林を行く

 

       湯殿山1500m 山頂から右に落ちる尾根が目指す南東尾根

 

                   姥ヶ岳

 

 ブナの森林限界が見えてくると、南東尾根の急斜面が始まる。斜面はアイスバーンに薄っすら新雪が載った状態。未熟なスキー技術ではアイスバーンに対応できず、足かせになるスキーをデポすることにした。アイゼンに履き替え身軽になりアイスバーンの急斜面を登った。登るにつれて、西に摩耶山が見えた。振り返ると朝日連峰が輝いていた。

                 摩耶山が見えた

 

        朝日連峰の展望 手前は石見堂岳から赤見堂岳に連なる尾根

 

             姥ヶ岳中腹のブナに霧氷が付いていた

 

 石跳川を隔てて姥ヶ岳が大きく見えてくる。山頂に立つと360度の眺望が広がった。ようやく、姥ヶ岳の上に月山の山頂が見えた。風雪に刻まれた姥ヶ岳の山肌は強烈で、何やら怖い印象がある。遠くには真っ白な鳥海山が見えていた。

                    姥ヶ岳

 

            山頂に広がる風紋の向うに月山が現れた

         手前から 湯殿山北峰 姥ヶ岳 品倉尾根 月山

 

                遠く雲海に浮かぶ鳥海山

 

 春を思わせる陽光は暖かく感じられた。しかし、風は肌を突き刺すような冷たさで吹き付ける。眺望を楽しませてくれた山頂に別れを告げて往路を下山した。

                             (2013年3月中旬)

追憶の山紀行

森吉山

 雪が降る阿仁ゴンドラ山頂駅を出て身支度を整えた。歩き始めようとしたらスキー場の責任者が現れて、「ここから先は立ち入り禁止です」と言う。付近には立ち入り禁止の大きな看板があった。「私たちは遠い山形から来ています。何とかお目こぼしを・・・」。訴えたのだが、聞き入れてくれる様子は全くない。その時、場内放送が流れて責任者が呼ばれた。「今だ!行こう」と、4人のメンバーが雪を漕いで駆け上がった。いつもはグダグダ言っている仲間だが、こんな時はやたら行動が早い。あっという間に尾根に上がり、石森のピークを目指す。ホワイトアウトで視界が無い中、それらしき所の雪を踏み固めてテントを張った。雪が激しく降っていても、テントに落ち着けばすぐに始まるのが酒盛り。不都合なことはみんな忘れた。

 翌朝、「晴れてるぞ!」という声で、外に出て初めて周囲の様子が分かった。ここは確かに石森のピークのようだ。樹氷原が広がり、なだらかな森吉山の山頂が見える。北に見える一ノ腰が朝日に赤く焼けた。南の樹氷原の向こうには、去年登った秋田駒が見える。雲一つない快晴の空の下ではメンバー全員がにわかカメラマンだ。

                 朝焼けの一ノ腰 

 

            樹氷原の向こうに秋田駒ヶ岳が見えた

 

                 朝日が差す樹氷原 

 

 テントに戻り朝食後、身支度を整え山頂に向けて出発しようとしたその時、ヘリコプターの爆音が轟いた。低空飛行でテントの上を旋回して去って行くヘリの横腹に「秋田県警」の文字が見えた。

 しばらく呆然と声も出なかった。「今のはナニ?」。おそらくスキー場の責任者から、無謀な登山者がいると県警に通報があり、無届登山者の無事を確認して戻ったのだろう。本当のことは何も分からない。(当時は、スキー場から上は危険区域になっていた。時代が変わって現在は、観光宣伝が行き届き樹氷目当ての観光客が押し寄せているらしい。天候によっては、今でも危険地帯に変わりはないと思うのだが。)

 爽やかに広がった青空の下、不都合なことは瞬く間に忘れて山頂に向かった。

 

                             (1988年2月下旬)

                       *地形図は国土地理院提供