追憶の山紀行
森吉山
雪が降る阿仁ゴンドラ山頂駅を出て身支度を整えた。歩き始めようとしたらスキー場の責任者が現れて、「ここから先は立ち入り禁止です」と言う。付近には立ち入り禁止の大きな看板があった。「私たちは遠い山形から来ています。何とかお目こぼしを・・・」。訴えたのだが、聞き入れてくれる様子は全くない。その時、場内放送が流れて責任者が呼ばれた。「今だ!行こう」と、4人のメンバーが雪を漕いで駆け上がった。いつもはグダグダ言っている仲間だが、こんな時はやたら行動が早い。あっという間に尾根に上がり、石森のピークを目指す。ホワイトアウトで視界が無い中、それらしき所の雪を踏み固めてテントを張った。雪が激しく降っていても、テントに落ち着けばすぐに始まるのが酒盛り。不都合なことはみんな忘れた。
翌朝、「晴れてるぞ!」という声で、外に出て初めて周囲の様子が分かった。ここは確かに石森のピークのようだ。樹氷原が広がり、なだらかな森吉山の山頂が見える。北に見える一ノ腰が朝日に赤く焼けた。南の樹氷原の向こうには、去年登った秋田駒が見える。雲一つない快晴の空の下ではメンバー全員がにわかカメラマンだ。
朝焼けの一ノ腰
朝日が差す樹氷原
テントに戻り朝食後、身支度を整え山頂に向けて出発しようとしたその時、ヘリコプターの爆音が轟いた。低空飛行でテントの上を旋回して去って行くヘリの横腹に「秋田県警」の文字が見えた。
しばらく呆然と声も出なかった。「今のはナニ?」。おそらくスキー場の責任者から、無謀な登山者がいると県警に通報があり、無届登山者の無事を確認して戻ったのだろう。本当のことは何も分からない。(当時は、スキー場から上は危険区域になっていた。時代が変わって現在は、観光宣伝が行き届き樹氷目当ての観光客が押し寄せているらしい。天候によっては、今でも危険地帯に変わりはないと思うのだが。)
爽やかに広がった青空の下、不都合なことは瞬く間に忘れて山頂に向かった。
(1988年2月下旬)
*地形図は国土地理院提供