追憶の山紀行

秋田駒ヶ岳

 田沢湖スキー場の第三リフトを下りて、シールを着けて歩き始めた。雲が多いものの時々青空が見える。ここしばらく寒波は弱く、山もさほど雪は積もっていない。リフトから少し登るとすぐに森林限界だ。スキーヤーから見えない位置にテントを張った。雲に隠れていた田沢湖が姿を見せて夕日に輝いた。

                 眼下に田沢湖を望む 

 

 朝から雲が広がっている。男岳はガスの中。このルートは男岳を越えることが出来るかどうかがポイントだ。男岳の東側は断崖で大きな雪庇を張り出していると予想される。男岳で視界が利くかどうかで進退を決めなければならない。その時に対応できるようにテントはデポすることにした。スキーも置いていく。アイゼンを履いて出発した。ガスの中、リッジ状の痩せ尾根を登り男岳に着いた。雪庇に注意して南北に細長い山頂を北の端まで進む。しばらく待つと周囲が明るくなり、周囲が見えてきた。雪庇の無い下降点から東に向かい、横岳に続く尾根を下った。鞍部から阿弥陀池に下り、横岳の裾を東に進み阿弥陀池小屋に着く。小屋の中は、吹き込んだ雪で氷の御殿の様相だ。

 極寒の夜を耐えて朝が明けた。ガスが流れて男岳や女目岳が朝日に染まっている。一人は女目岳に登って行った。もう一人は惰眠を貪っている。

                 朝日が差す横岳と月

 

                雪原の向こうの岩手山

 

                  朝焼けの男岳

                女目岳と阿弥陀池小屋

 

 起きてこなかった仲間が、いつの間にか外に出てカメラを構えていた。簡単に朝食を済ませ、荷物をまとめて小屋を出た。広大な雪原の阿弥陀池を歩き、横岳と男岳の鞍部に上がる。昨日は見えなかった女岳や小岳、その向こうに和賀岳の姿があった。

              女岳とその向こうの和賀岳

 

 雪庇を見上げながら男岳を登る。その男岳の雪庇の無い部分を昨日は降りてきた。ここは視界が無ければ下降点を見出すのが難しく、降雪のあとは雪崩の危険もある。何事もなくてよかった、という思いで男岳を越えた。

                横岳を背に男岳を登る

 

 テントに戻り荷物をまとめてスキー場を下る。私は大きなスコップをザックに括り付けている。ゲレンデはコブだらけの急なアイスバーン。転ぶたびに背中のスコップが大きな音を立てた。しばらくして、一緒に滑っていたはずの仲間の姿が見えないことに気が付いた。重荷で振られながら何度も転び、ようやく無事に滑り降りた。仲間がかなり遅れて降りてきた。「大きな音を立てて転ぶ姿を見たリフトの上の若いスキーヤーがみんなクスクス笑っていた。そんな変態登山者と仲間か、と思われるのは恥ずかしい。スキーを背負ってゲレンデ脇の樹林帯を下ってきた。」と言う。薄情な奴らめ・・・

                          (1987年2月下旬)

                           *地形図は国土地理院提供