追憶の山紀行

月山草光台 (1986年2月23~26日)

 地形図を開いて厳冬の月山に迫る登高ルートを探した。羽黒口から弥陀ヶ原、あるいは櫛引から雨告山を経由しての行程はあまりにも遠い。湯殿山スキー場を出発点にして品倉尾根を登るのが最短かもしれない。しかし、品倉尾根は地形図からも予想されるナイフリッジ、雪庇、雪崩などの不安要素が多い。よく見ると、品倉尾根の北に、濁沢を挟んで不明瞭な尾根があった。天保堰の取水口の付近で濁沢を渡ると、この尾根に取り付くことが出来そうだ。濁沢から一段上がった平坦地は「草光台」と言わていて、根曲がり筍の採取地になっているらしい。ここにテントを設営して、品倉尾根とのジャンクション1619mピークを目標にする。ルートファインディングが難しそうだが、3泊4日の山行を計画した。

 冬型の気圧配置が続いていた。天気予報によるとそろそろ寒気は底を突き、数日後には冬型が緩むことを伝えている。雪が舞う湯殿山スキー場からリフトを乗り継いで出発した。スキーを履き、仲間と交代で平坦な雪原をラッセルした。明日、後続の二人が合流の予定だ。見え隠れする品倉山を目指し、壁のような急斜面の裾を巻いて進むと、えぐれたような濁沢が現れた。天保堰の取水口の上部で対岸に渡り、小さな尾根に取り付く。直線的に延びる尾根を登り、ブナの疎林が広がる草光台に出た。ふわふわの雪を時間をかけて踏み固めてテントを張る。雪は止むことを知らず、夜になってさらに激しく降り続く。2時間交代でテントの周りの雪かきをした。

 翌朝も雪は降り続き、停滞を決めた。食料を食いつぶし、雪かきで外に出るたびに雪まみれになった。除雪した雪が、テントの周りに次第に積み重ねられていく。風もなくシンシンと降る雪に言いようのない恐怖を覚えた。今日来るはずの二人は、夕方になっても到着しない。この場所は、スキー場からそれほど離れているわけではないのに、降りしきる雪は孤独感を強めてくれる。今夜も雪かきが続く。

                 雪に埋まるテント

 

 翌朝、後続の二人が到着してひと安心。スキー場は、積雪のためリフトが運休。駐車場からすぐに腰まで埋まるラッセルが始まり、夕方が迫る中、濁沢を越えた辺りの尾根の陰に雪洞を掘りビバークしたという。とりあえず無事でよかった。

 雪は降り続き、周りに積まれた雪はテントを越える高さになり、4人が入るテントの底は結露で水浸しだ。エアーマットの上だけが居場所。油断すると、靴下やシュラフを濡らすことになる。湿度が高いテント内は霞んでいた。外は極寒、中は地獄。言葉はグチしか出ない。

 次の朝、二人は下山した。交代で残った仲間と二人で行ける所まで、と決めて身支度をした。スキーを履いて膝まで埋まる雪を漕いで100mも進んだだろうか。草光台の先の斜面に進むと胸まで埋まる。撤退を決めてテントに戻った。

      積雪ですっかり様子が変わってしまった草光台のブナ林を進む

 

 降り続いた雪が午後になって止む気配を見せた。明日は行動できるかも知れないと、期待を込めて書いたラジオ天気図は日本海に低気圧の発生を伝えていた。南風が吹き、気温が上がると身動きが出来なくなる。下山を決めてテントを撤収、荷物をまとめて逃げるように下山を始めたのは夕方の5時。腐り始めた雪にスキー操作が難航し、ナイター照明が残るスキー場にたどり着いたのは夜の9時を過ぎていた。

 

月山草光台 (3月26~28日)

 居心地の良くないテントでの停滞に終始した2月の山行から1か月が過ぎた。草光台や周囲の様子を一度も見ることが出来なかった悔しさがあった。雪が落ち着き、移動性高気圧が晴天をもたらすようになった湯殿山スキー場に戻ってきた。

 青空が広がり、爽やかな早春の風が吹いていた。目前に立ち塞がる品倉山の裾を巻いて濁沢を越える。

              彼方に湯ノ沢連峰が連なる

 

       草光台にテントを設営 背後に品倉尾根上のピークが見える

 

 雪は安定していてシールが良く効いた。のんびり早春の山を眺めて過ごす。ひと月前とは大違いで、テント生活を楽しむ余裕があった。夕方までの時間、尾根に出て1302mのピークまで行く。目指す1619mジャンクションピークが見えた。

         稜線はクラストしていてワカンでは歩きにくい 

 

 翌朝、青空が広がっているが、上部は風が強そうだ。アイゼンを履いて出発する。尾根に上がると、品倉尾根とのジャンクションピークが陽光に輝いていた。

       濁沢の上に1619mピークが輝いている 右に見えるのは金姥

 1302mのピークに差し掛かった時、にわかに風雪が始まった。北に延びる尾根の陰に雪洞を掘ってやり過ごす。30分ほどで、吹雪が去って青空が戻ってきたのを見て、1479mピークに向かう。ピークを越えると1619mピークの左に月山本峰が見えた。やっと目にした月山は、人を寄せ付けない氷雪の要塞のように見えた。

           月山を望みながら1619mピークに向かう

 

 右から吹きつける風が、時々突風を伴うようになった。登高をここで打ち切り下山することにした。

               暮れ行く濁沢と品倉尾根

 

              残照の中をテントに下山する

                         *地形図は国土地理院提供