テントを背負って登った雪の鳥海山

3、横堂経由、滝ノ小屋へ

 寒波が去り、久しぶりの晴天が予想された。湯の台登山口に車を置き、ワカンを履いて歩き始める。予定は2泊3日、背負ったザックはけっこう重い。登り始めから膝を越すラッセルが始まった。荷物を背負ったままでは進めないので、空身ラッセルに切り替えた。空身で雪をかき分けてステップを作り、戻ってザックを背負い登り返すやり方だ。尺取虫のように上り下りを繰り返した。普通の二倍の時間をかけて横堂に着いた時には正午を回っていた。目の前に雪庇を張り出した月光坂が立ちはだかっていた。

 今日中に滝ノ小屋に着くことは不可能と判断して、ザックに腰を下ろして体力回復に努めた。月光坂の胸を突く急登を、時間をかけて登り切ったころから天気が回復してきた。

 平坦な雪原の大黒台に出た。立ち並ぶブナの幹の東側に雪が貼り付いている。大雪の時は、時々東風が吹くことがある。傾斜の無いブナ林を空身ラッセルでのろのろと進んだ。

  ブナ林を進むと限界杉(一本杉)が現れた。雪を纏った姿はまさにモンスター。根元から分かれた二本の大杉は、このコースを歩く時の重要なランドマークだ。午後2時を過ぎたので、明るいうちに滝ノ小屋に着くのは不可能だ。残された体力や雪の深さを考えると大黒台でのテント泊が確実になった。

 右に現れた沢状の窪みに沿って登り、斜面の傾斜が少し増す手前で雪面を整地してテントを設営した。ブナ林の中に、西に傾いた太陽から夕方の光が差し込んできた。

 夜中に雪が降ったようだ。テントを滑り落ちる雪の音で目が覚めた。辺りは霧に包まれている。簡単に朝食を済ませてテントを撤収。今日もラッセルの一日が始まった。西物見を越えて、ようやくラッセルから解放された。霧が風に飛ばされて、あっという間に視界が開けて外輪山が見えてきた。登って行くと、雲の影が流れる上部の雪原を行く単独登山者が見えた。

外輪山が見えたのはこの時が最後。西風が吹き、雲が増えて河原宿から上部を隠した。

 滝ノ小屋で身支度を整えて上部に向かう。ソロバン尾根に上がった時、風か強く吹き始めたので登高を諦めて小屋に戻ることにした。冷え切った小屋で、コーヒーを啜りのんびりしていた時、外から呼ぶ声が聞こえた。入り口に立っていたのは、厳冬期単独日帰り登頂を課題にしているSさんだ。新山を踏んできたと言う。日帰りであれば、余計な装備を省き身軽に登ることが出来る。加えて、Sさんは登り下りにスキーを使ってスピードアップを図っている。しかし、それだけで厳冬期単独登頂ができるわけではない。装備に見合った強靭な体力、天候や地形の見極めなど、総合的な登山力が要求される。5年連続と言っていた。素晴らしいことである。

 翌日はどんよりした曇り空で明けた。ふたたび河原宿に登り、雪面に立てたルートフラッグを回収する。天気は明らかに下り坂。荷物をまとめて、滝ノ小屋を後にした。                 

                              2015年1月24~26日

*概念図は国土地理院発行の五万分ノ一地形図を使用。