鳥海山ーモノクロームの情景ー

・伏拝岳(2013年3月下旬)

 久しぶりに登った伏拝岳。懐かしさの中で雪山の美しさと怖さを同時に味わった。山の写真は、山の表情が劇的に変化する一瞬がチャンスと言われている。冬山ではそれが危険と隣り合わせであることを、この日の鳥海山が思い出させてくれた。

       伏拝岳から西鳥海を望む 日本海に雲海が広がっていて穏やかだ

 

          稲倉岳の北側から雲が回り込んで中島台を覆っている

 

 伏拝岳に着き、外輪の縁から雲一つない新山を見ることが出来た。それも束の間、南西の風が強まり雲が押し寄せてきた。

            氷結した雪面がまだら模様をつくる新山

 

             押し寄せた雲が影を落とし始めた

 

              強風と共に雲が押し寄せてきた

 

 伏拝岳に着いて間もなく強風と濃霧の嵐に包まれた。しばらく様子をうかがったが、回復の兆しが見えず下山を決めた。

鳥海山ーモノクロームの情景ー

写真表現の試行 

 写真を始めた頃、白黒フィルムを使い自家処理で現像して暗室で引き伸ばし作業に没頭した。色彩に溢れた世界を色の無いモノトーンで表現しようともがきながら写真技術を学んだ日々が懐かしい。今はデジタルデータを駆使することによって、あらゆる写真表現が可能であると言われている。

 これまで雪山の色再現の難しさに悩まされてきた。表現したい雪の白は、青赤黄などの望まない色にいとも簡単に転びやすい。晴天の日の雪山が空の青を反映して青い山に再現されるのが良い例である。これを補正しようとすると、今度は赤くなったり黄色を帯びたりして非常に厄介だ。

 そこで、これまで撮影した写真のカラーデータをモノクロに変換して雪山を表現するとどうなるのか試してみた。現実を忠実に再現するカラー写真をモノクロ変換すると、いっきに抽象化されて表現上の節度を失って独善の世界に陥る危険を感じる。これも写真の面白さととらえて、しばらく写真表現の迷路に飛び込んでみようと思う。

 

・鳳来山(2012年1月中旬)

 この日は1月にしては珍しいほどの晴天だった。約20年ぶりにワカンを履き、過去の記憶を蘇らせながら湯ノ台から歩き始める。南校ヒュッテから雪庇の尾根を辿り鳳来山に着いた。真綿雲が流れる穏やかな外輪山を眺めていると、一人の登山者が登ってきた。「横堂までの試登です」と言うその人は、月光坂を途中まで登って帰って行った。

             薄っすら積もった雪にノウサギの足跡

 

             鳳来山から晴れ渡った外輪山を見る

 

                雪庇が張り出した横堂の尾根

 

                鳳来山を登り返して帰って行く

 

 この日をきっかけに、約20年のブランクを経て雪山登山を再開した。


 

追憶の山紀行

田代岳

 田代岳は、白神山地の東端の山である。鬱蒼と茂るブナ原生林の道を登り、九合目で森林限界に出ると目の前に広大な湿原が現れる。湿原の西に小高い丘の山頂があり、五穀豊穣の神「白髭直日神」を祀る田代神社がある。山頂へ向かう途中で振り返ると、大小約120の池塘が点在する湿原を見下ろすことが出来る。

 田代神社の例祭が半夏生の時期の7月2日に行われる。半夏生とは農事暦の一つで、ハンゲショウの葉が半分白くなる頃を言う。例祭では、池塘のミツガシワの生育状態を見て、その年の農作の豊凶が占われる。

 登ったのは祭りの前日だった。神社前の草原ででテント泊した翌日、祭りに参加する人々が次々に登って来た。聞くと、この後も大勢が登って来ると言う。急いで荷物をまとめ、混雑を避けるために早々に下山した。

                 池塘の先にに岩木山が見えた

 

                    湿原を見下ろす

 

               ミツガシワの群生する池塘の夜明け

 

           朝日に輝く池塘 霞の中に見えるのは八甲田山

 

                  湿原に群生するワタスゲ

                             (1988年7月上旬)

                      *概念図は地理院地図を使用

追憶の山紀行

湿原を巡る山旅

 1980年代のある時期、東北地方の山中に広がる湿原を訪ね歩いた。ほぼ豪雪地帯にある山々の湿原は大半が雪田湿原である。いわゆる高層湿原と違って、湿原を形作る泥炭層が薄く、豊富な雪解け水で涵養される。ただ、泥炭層の厚さによる高層湿原との区別は難しいらしい。東北の山々に広がる湿原は、溶岩台地の上に形成されたものが多く、典型として月山弥陀ヶ原や鳥海山の千畳ヶ原がある。

 湿原に点在する池塘の造形に魅せられて、訪ね歩いた湿原の中で印象深かったのは、南八甲田連峰、北秋田の田代岳、奥羽山脈栗駒山と虎毛山である。

 

南八甲田連峰

 良く知られた八甲田連峰(北八甲田)から国道394号を境にして南側に連なるのが南八甲田連峰である。櫛ヶ峰、駒ヶ岳、猿倉岳、乗鞍岳などが聳えている。峰々の間に広大な湿原が広がり、大小の池塘を散りばめたお花畑が展開する。湿原を取り巻くアオモリトドマツの原生林も魅力だ。

 猿倉温泉を登山口として、旧道コースと呼ばれる車道跡に作られた道を歩き、矢櫃橋から乗鞍分岐を経て駒ヶ峰分岐でテント泊。翌日、御鼻部山分岐を経由して強風の中を櫛ヶ峰に登る。そそくさとテント場に戻り、駒ヶ岳から猿倉岳を経由して猿倉温泉に下山した。雨が降り始めた猿倉岳から、根曲がり竹が密生した不明瞭な道を下った苦労は忘れられない。それでも他の大部分の道ははっきりしていた。現在の登山道は、藪に覆われて自然に帰っている個所が多くあると聞く。

                      矢櫃萢  

 

               乗鞍峠付近のアオモリトドマツ林

 

                 地獄峠付近のワタスゲ群落

 

  ネムコウホネ(緑)とヒツジグサ(紫)が咲く黄瀬萢の池塘から乗鞍岳を望む

 

          ニッコウキスゲの咲く御鼻部山分岐から見る櫛ヶ峰

                          (1988年7月下旬)

                                                                                         *概念図は地理院地図を使用

 

追憶の山紀行

月山 3

 賽ノ河原に上がり、山頂に続く木道を進む。月見ヶ原の沢が陽光に輝いている。天気は回復して、山頂に立つ月山神社がひときわ高く見えた。神社に入った登拝者一行の、お祓いと御祈祷の声や柏手が聞こえてくる。しばらくして、石段を下りてきた晴れ晴れとした彼らの表情が印象に残った。強風と霧の中を山頂に登り着いた喜びを胸に湯殿山に下って行った。

 西風に吹かれて千切れた霧が上がってくる。山頂台地の西側に立つと薄っすらとブロッケンが現れた。

                     賽ノ河原を行く

 

                    強風の中を

 

             月見ヶ原 その向こうの葉山が見えてきた

 

                      月山神社

 

                      ブロッケン

                            (2015年8月上旬)

追憶の山紀行

月山 2

 翌朝、八合目は濃霧で明けた。様子を見ていたが晴れる気配はない。雨の心配はなさそうなので山頂に向かうことにした。展望皆無の中を黙々と登り、行者返しでオモワシ山を振り返ると、薄れてきた霧の中に動く白いものが見えた。目を凝らすと見えてきたのは白装束の登拝者の一団。西風に乗って流れてくる霧が霊験あらたかな雰囲気を醸し出す。悪天候を突いて登って来る登拝者の姿に、信仰登山に内在する気迫のようなものを感じて目を離せなくなった。

              霧の中に見えてきた登拝者の一団

 

                  次第に霧が晴れてきた

 

                  天気は回復に向かった

 

                    モックラ坂を行く

 

                   見えてきた山頂

 登拝者の集団を振り返りながら、追われるように大峰にたどり着いた。強い西風に霧が飛ばされて山頂が見えてきた。

                            (2015年8月上旬)

                       *概念図は地理院地図を使用

 

追憶の山紀行

月山 1

 月山八合目の駐車場に車中泊をして朝夕の弥陀ヶ原を散策する。夏の月山は午後に決まって雲が湧く。この日も八合目は雲の中。明日の朝に期待しようと思って車で待機していたら急に晴れてきた。身支度を整えて弥陀ヶ原に向かう。キンコウカが咲き始めたのでオゼコウホネもきっと咲いているだろう、と期待して向かった東側の池塘に花を開いていたのは辛うじて一輪。オゼコウホネは葉だけでも充分素敵だと思う。

                 キンコウカが咲き始めた

 

                 オゼコウホネ池塘

 

                 キンコウカ群落が見頃

 

                     木道を行く

 

             ミツガシワの葉が池塘に彩を添えていた

 

 次第に湿原を霧が覆い始めた。湿った西風が吹き始めたので、期待した夕日をあきらめて車に戻った。

                            (2015年8月上旬)

                      *概念図は地理院地図を使用

追憶の山紀行

神室連峰

 久しぶりに神室連峰に向かった。最上町の親倉見から登り槍ヶ先に上がる。ここは神室連峰では比較的楽に主稜線にたどり着くことが出来るルートだ。数年前からの膝痛を抱えているため、行ける所までとする。同行は、いつも元気いっぱいの山仲間Nさん。槍ヶ先から先は、火打岳に向かうNさんに先に進んでもらう。

 雲一つない晴天で暑い中、汗だくになって登り着いた槍ヶ先。残雪模様が美しい鳥海山が目に飛び込んできた。思わず感激の声を上げてしまう。空気が澄み渡り、振り返ると八森山の向うに残雪に彩られた月山と葉山が見えていた。

                 鳥海山 右手前は丁山地

 

         新緑が這い上がる八森山の向うに月山(右)と葉山(左)

 

 西から爽やかな風が吹き、北に火打岳の鋭鋒が見える。鞍部に下り、中先を目指す。先を行くNさんが中先のピークを越えるのが見えた。膝に負担を掛けないように慎重に登った。主稜線の西側は傾斜が緩くブナ林が広がり、東側は雪崩で磨かれた急斜面。東西非対称山稜と呼ばれて神室連峰の特徴とされている。東側の急斜面の縁につけられた道を歩いていると、冬の主稜線で経験した足元から崩れ落ちる雪庇の恐怖を思い出す。

 膝に気を遣いながら、ようやく大尺山にたどり着いた。目の前に鋭く天を突く火打岳が聳えている。北に連なるのは連峰の最高峰小又山、その先に神室山が見えていた。火打岳を目指したNさんが戻るまで、連なる山々を眺めながらのんびり過ごした。

            小又山(右)天狗森(中)神室山(左奥)

 

               火打岳を背に大尺山に戻るNさん

 

      大尺山から南に、中先(右)から槍ヶ先、八森山へと続く主稜線

 

 天気は変わらず晴天が続いた。火打岳から戻ったNさんと槍ヶ先に戻り、親倉見に向けて下山の途についた。

                            (2020年5月下旬)

                        *概念図は地理院地図を使用

追憶の山紀行

岩手山 4

 濃霧の朝が明けた。出発準備が終わっても霧の状況は変わらない。下山途中、平笠不動の辺りから明るくなり陽が差してきた。コマクサの群落地帯まで下った時、昨日とは違う光線の下の花々を見て足が止まった。今日も二人を待たせることになった。

 

 「スコリアに侵入した植物に押されてコマクサが少なくなってきた」通りかかった地元の人が呟いた。

               コマクサ群落に侵入する植物                        

                          (2015年7月上旬)

追憶の山紀行

岩手山 3

 石仏が並ぶお鉢と呼ばれる外輪山を歩き、分岐から火口内に下る。スコリアの斜面にタカネスミレの群落があった。雲間から射す陽光が火口の内側に差し込んでくる。火口内の所々に巨大な岩塔が立っていた。岩手山神社奥宮から外輪山に上がり、火山礫の歩きにくい斜面を不動平に下る。平坦な道を進み八合目避難小屋に着いた。今夜はここに泊る。

                火口内のタカネスミレ群落

 

                 岩手山神社奥宮の岩塔                

 

                スコリアに咲くタカネスミレ

               外輪の薬師岳(左)と妙高岳(右)

 

            霞の向うに乳頭山が見えた(中央左の尖がり)

 

                  不動平と鬼ヶ城

                            (2015年7月上旬)

追憶の山紀行

岩手山 2

 避難小屋を過ぎると本峰の登りになる。オオシラビソを縫ってスコリアのザレた急斜面を行く。。タカネスミレの群落の中に固有種のイワテハタザオが咲いていた。外輪山に上がると火口の中の妙高岳が見えてくる。分岐を左に進み、コマクサのイラストが描かれた標識が立つ最高所の薬師岳に着いた。ガスに包まれてしまった山頂からは何も見えず、そのまま進み強風に押されるように外輪山の尾根を下る。

           振り返って見る茶臼岳と平笠不動避難小屋

 

           オオシラビソの樹林の中に御釜池が光っていた

 

                 屏風尾根を背に登る登山者

 

                   イワテハタザオ
 


               薬師岳を目指して外輪を行く

 

             お鉢巡り ガスの切れ間に麓が見える

 

                  外輪山を行く登山者

                            (2015年7月上旬)

追憶の山紀行

岩手山 1

 暗いうちに酒田を出発して、ようやく焼走り登山口に着いた。これから山頂を越えて八合目避難小屋まで行く予定。けっこう長丁場である。登山口で待ち合わせたのは、二十代の時に勤めていた会社の上司で山の師でもあるNさん。酒田から長距離運転をしてくれたKさんにとっても私と同じ立場になる。Kさんと私は同時期にその会社を辞めた。Nさんとは、約35年ぶりの再会になる。「コマクサが見頃ですよ」というお誘いをいただき、ここまでやって来た。

 爽やかなミズナラ雑木林の登山道を、焼走り溶岩流に沿う形で登ると傾斜が増して第二噴火口に着く。扇状に流れた溶岩を俯瞰する展望台があった。黒い溶岩流を見下ろし、その迫力にこの山が生きていることを感じる。間もなくザラザラ滑るスコリアの道に変り、道の両脇にコマクサが現れた。

                ミズナラ主体の雑木林を進む

 

             第二噴出口跡の展望台から山頂が見えた

 

              足元に咲くベニバナイチヤクソウ

 

                黒いスコリアの斜面に咲く            

 


 多くの花を咲かせる株が点在していた。これまで見たことのあるコマクサと比べて花の数が驚くほどい多く、薄紅色の花を引き立てる灰緑色の葉も素敵だ。黒いスコリアとコントラストを演じる華麗な花々に魅かれて撮影に夢中になった。NさんとTさんは遥かに先に進んでいることが予想されたが、この場を離れることが出来ない。往路を下山する予定なので、その時も撮影できることに気が付き、切り上げて二人を追いかけた。このコースの唯一の避難小屋がある平笠不動でようやく二人の姿が見えた。

              平笠不動避難小屋から見る薬師岳

                           (2015年7月3~4日)

 

                      (概念図は地理院地図を使用)

追憶の山紀行

大朝日岳 4

 夜明けとともに再び山頂に立つ。朝日は霞の向うから昇ってきた。雲海に浮かぶ月山と鳥海山が見えた。主稜に雲はない。今日一日は晴天が望めそうだ。

             朝霞の中の月山(右)と鳥海山(左)

 

           中岳や西朝日岳、遠く以東岳もほんのり桜色

 

       ヒナウスユキソウが咲く西斜面 朝陽が差す平岩山と祝瓶山

 

                朝露を纏うヒナウスユキソウ 

 小屋に戻りのんびり朝食をとる。荷物をまとめ、管理人Aさんに挨拶して小屋を後に下山の途についた。登山道に咲くヒメサユリの花は昨日より増えていた。

 登山道の両脇に群れて咲くヒメサユリは、とても豪華で美しさに感激した。それでも、雨の飯豊ダイグラ尾根で一輪がうつむくように咲いていた清楚な立ち姿を思い出してしまう。

                  ヒメサユリと大朝日岳

 

 

                     残雪の山肌

 

                 振り返って見た大朝日岳

追憶の山紀行

大朝日岳 3

 小屋に戻り、管理人のAさんとしばらく談笑。Aさんも今日登って来たと言う。ヒメサユリに見惚れているうちにAさんに追い越されていた。小屋の前で休んでいると、小屋泊りの登山者が登ってくるのが見えた。流れる雲が印象的だ。

               山頂直下の大朝日岳避難小屋

 

              登ってきた道を振り返る登山者

 

             朝日嶽神社奥宮を越えて小屋に向かう

 夕方を前にもう一度山頂に向かった。以東岳へ続く主稜線は相変わらず雲が多め。南の祝瓶山はすっきり見えていた。稜線を越えてくる風が冷たい。

                 山頂への登りで振り返る

 

              左手前に平岩山 奥の鋭鋒が祝瓶山

 

               雲の帽子を載せた小朝日岳

 主稜を越える風が強まり、雲が増えたので小屋に戻る。小屋の陰で風を避けているとふたたび晴れてきた。

                 小屋の前に設置された鐘

 

 冷たい風に晒されて耐えきれず小屋に入る。窓から見る西朝日のピークの向うに日が沈み、雲が赤く染まり夕焼け空が広がった。行ったり来たりの忙しい1日が終わった。

                           (2015年6月下旬)